疾患解説

大動脈疾患

当科の対象疾患として、胸部大動脈瘤、腹部大動脈瘤、急性大動脈解離などがあります。

大動脈瘤

大動脈は、心臓から送り出 された血液を運ぶ役割を果たす大血管です。
この血管が動脈硬化などにより脆くなり徐々に膨らんで「こぶ」となった状態を”大動脈瘤”といいます。
正常では20~30mm程度の大動脈が、1.5倍(胸部45mm、腹部30mm)を超えて膨らんだ状態を瘤と称します。発生した部位によって以下の様に名称がつけられています。
基本的には無症状なものの、血管径に比例して以下のように年間破裂率が高くなっていきます。

※表は横にスクロールします。

大きさ < 40 mm 40 - 50 mm 50 - 60 mm 60 - 70 mm 70 - 80 mm 80 mm <
胸部 0% 0 - 1.4 % 4 - 16 % 10 - 20 % 20 % < 30 % <
腹部 0% 0.5 - 5 % 3 - 15 % 10 - 20 % 20 - 40 % 30 - 50 %

また、胸部に関しては瘤によって神経や気管が圧迫されることで声がかれる(嗄声)ことや、誤嚥症状を生じることがあり、腹部に関しては痩せている方で”こぶ”の拍動触知や腹痛、腰痛などを自覚することがあります。
いずれも瘤の急速な拡大や破裂が差し迫っている可能性がありますので、専門医を受診する必要があります。瘤が破裂すると胸や腹の中に大量出血を起こし、ショック状態となるため救命が困難となるケースが多くなります。”破裂予防に適切なタイミングでの手術を受ける”事が肝要です。

大動脈解離

大動脈の壁は内膜、中膜、外膜の3層で成り立っています。
大動脈解離は内膜から中膜にかけて亀裂が生じ、大動脈が長軸方向に裂ける疾患です。これに より元の血管腔である真腔と裂けたことで新たに生じた偽腔の二つの通り道に分かれます。
発症時期により急性期(2週間以内)、亜急性期(3週間から2ヶ月)、慢性期(2ヶ月以降)に分かれ ますが、主に急性期と慢性期で症状や緊急性、治療方針が異なります。

大動脈疾患ー大動脈解離

急性大動脈解離

突然の発症により急な胸背部痛、症例によっては意識障害(脳血管の虚血)、腹痛(腹部血管の虚血)、下肢の痛みや麻痺症状(下肢血管の虚血)、両下肢麻痺(脊髄虚血)など重篤な合併症が短時間で急速に進むことがあり、突然死の原因となる重篤な疾患です。

急性大動脈解離の分類にはStanford分類が用いられます。

A型:上行大動脈に解離が及んでいる状況。手術を行わなかった場合の死亡率は、発症24時間以内→1時間あたり1~3%、48時間で50%が死亡する。また、心タンポナーデ(出血に伴う心臓の圧迫)、大動脈弁閉鎖不全症、急性心筋を合併する場合はショック状態となり、緊急手術を要します。
B型:上行大動脈に解離が及んでいない状況。基本的には安静、降圧、鎮痛による保存的加療が原則ですが、破裂している場合や各臓器の虚血症状を呈する際は、状況により緊急手術が必要となる場合があります。

急性大動脈解離

慢性大動脈解離

急激な血管破裂の危険性は減少しているものの、時間が経つにつれて徐々に大動脈拡大及び瘤化を認めます。大動脈瘤の手術適応と同様に、破裂予防目的に予定手術を検討されることとなります。

手術

大動脈瘤及び大動脈解離に対しては主に2種類の手術法が選択されます。
それぞれの疾患における病態、解剖学的条件を見極め検討することで、より良好な手術法が決定されます。

人工血管置換術

従来から行われている標準的な手術方法で、病的血管を切除して人工血管に置き換える手術です。人工血管は一般的に耐久性のあるポリエステル(ダクロン)製を使用します。
大動脈瘤を切除するためには血流を遮断する必要がありますが、遮断している循環の維持が必要なため人工心肺装置(心臓の拍動を止めても呼吸と循環を担保して生命を維持できる装置)を用います。虚血に弱い臓器(脳や脊髄等)を保護すべく低体温法や脳分離体外循環を用います。
人工血管置換術により大動脈瘤は切除されるため、追加治療が必要となることは基本的にはありませんが、他の部位に大動脈瘤が生じないか術後も定期的な経過観察が必要となります。

ステントグラフト内挿術

カテーテル類を足の付け根の血管(大腿動脈)より挿入して、病的血管は切除せず血管内にバネ状の金属を取り付けた人工血管(ステントグラフト)を展開することで、病的血管への血流やストレスを解除することで破裂の危険性を無くす治療法です。
主に大動脈瘤に対して行われてきた治療ですが、近年では大動脈解離に対しても内膜にできた解離の入り口(エントリー)を塞ぐことで、破裂の予防や臓器血流の改善が図れることとなります。
開胸・開腹手術と比較して低侵襲な手術であり、術後早期に日常生活動作復帰が図れるため、高齢の方や開胸手術の危険性が高いと判断された患者様を中心に実施しております。
デメリットとして、術後遠隔期に残存瘤への血流が流入して瘤が再拡大すること、脳梗塞などの合併症、解剖学的な適応制限などが挙げられますが、近年では分子血管に対するバイパス手術を併用するなどの工夫を加えることで、解剖学的適応条件が拡大してきております。

当院では予定、緊急を問わず、常に開胸・開腹による人工血管置換術を行うことができる体制をとっており、また、ステントグラフト指導医・実施医の資格を持ったスタッフが常勤しているため、ステントグラフトでの治療も24時間体制で臨機応変に行うことが可能です。

胸部ステントグラフト実施医:金村、中原
腹部ステントグラフト実施医:金村、中原、月岡、大西

標準的な術後経過

✓ステントグラフトでは、手術時間は1、2時間で、手術室で麻酔から覚め、覚醒して一般病棟に帰室します。翌日から食事、リハビリを開始し、術後平均5~7日で退院します。
✓人工血管置換術では、手術時間は3~5時間で、手術日の夕方から夜にかけて気管チューブを抜くことができます。翌日から食事、リハビリを開始し、一般病棟に移ります。その後はリハビリを段階的にすすめ、術後平均7~10日で退院します。
✓急性大動脈解離は、非常にリスクの高い疾患で、術後経過は多岐にわたります。当院の在院日数は17日(中央値)となっています。

大動脈術後(人工血管置換)のおよその経過

大動脈術後(人工血管置換)のおよその経過

大動脈術後(ステントグラフト)のおよその経過

大動脈術後(ステントグラフト)のおよその経過

急性大動脈解離の手術成績

✓急性大動脈解離は、手術を行った場合でも、死亡率10-20%とされ、非常に深刻な疾患です。

✓当院では、2015年から2019年の5年間で、284例の急性A型大動脈解離の手術を行いました。平均年齢は69.2歳で、最高齢99歳でした。術式は、上行大動脈置換が185例(65%)、部分弓部大動脈置換が32例(11%)、全弓部大動脈置換が67例(24%)でした。

✓急性大動脈解離は一刻を争います。緊急疾患に迅速に対応できる専 門病院の特性が最大限に発揮される疾患です。当院は、24時間体制での受け入れを行なっており、当院救急車に医師が同乗し迅速な搬送を行い、救命率の向上に最大限努めております。

最後に

大動脈関連疾患の多くは動脈硬化が発症に関わっています。動脈硬化のリスクは加齢を除いて、高血圧、脂質異常症(高コレステロール)、糖尿病、喫煙、肥満、内臓脂肪、 睡眠時無呼吸症候群といった、ライフスタイルによる要因が大きなウエイトを占めています。
発症リスクの防止や、病気の進行予防のためにも、適度な食事、運動、睡眠に気を配り、必要なときは専門医受診による内服薬での管理を行うことが重要です。また、必ず禁煙いただきます様、御協力をお願いします。

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